DAYMOTTO INTERVIEW
人と想いをつなぐインタビュー
焼鳥屋をやりたかった理学療法士が、
1万人のフェスを目指す理由。
目の前の一人から、地域、そして社会へ。
兼光信也さんが挑戦し続ける理由。

理学療法士として病院で働き、デイサービスを立ち上げ、今では1万人規模のフェスを目指している人がいる。
株式会社MediGoの代表、兼光信也さんだ。
大阪でデイサービスを展開しながら、栄養事業や地域イベントなど、その活動は少しずつ広がっている。
以前から兼光さんとは交流があったが、正直、今回のインタビューで初めて知ったことも多かった。
というのも、話を聞き始めて早々に出てきたのが、意外な過去だったからだ。
「僕、もともと焼き鳥屋をやろうと思っていたんです」
焼き鳥屋から理学療法士、そして経営者へ。一見すると、まったくつながらないように思える。
でも、話を聞いていくうちに、今の兼光さんの活動につながるものが少しずつ見えてきた。
01
理学療法士になるはずが、焼き鳥屋に夢中になった
兼光さんが起業を意識したのは、高校生の頃だったという。
学生時代はバスケットボールに打ち込み、身体を痛めた経験から、身体のケアや人を支える仕事に興味を持った。もともと誰かの役に立つ仕事がしたいという思いもあり、理学療法士の道へ進んだ。
ところが、大学に入ってから状況が変わる。当初興味を持っていた身体へのアプローチに対する気持ちが薄れ、次第に勉強から離れてしまった。そして、大学3年生のときに留年。
そんな時期に夢中になったのが、アルバイト先の焼き鳥屋だった。月に20万円ほど稼ぐこともあり、仕事そのものが楽しかったという。
お客さんとの関わりや、一緒に働く仲間、近隣のお店とのつながり。大学生活がうまくいかない中で、焼き鳥屋で過ごす時間が自分の居場所になっていた。
「もう焼き鳥屋をやろうと思っていました」
実際に卒業後も、その気持ちは残っていたそうだ。今の兼光さんを知っている人からすると、少し意外な話かもしれない。
ただ、振り返ってみると、この頃から人と関わることや、人が集まる場所をつくることに面白さを感じていたのかもしれない。
02
一人の患者さんとの出会いが、仕事への向き合い方を変えた
大学卒業後、兼光さんは理学療法士として病院に就職する。就職先は、先に働いていた同期から紹介された病院だった。当時は、理学療法士として強い目標があったわけではなかったという。
そんな兼光さんの考えを変えたのが、初めて担当した脳卒中の患者さんとの出会いだった。
自分が勉強し、考え、リハビリに取り組むことで、患者さんの身体が少しずつ良くなっていく。そして、その変化を本人が喜んでくれる。
「自分が頑張れば頑張るほど、患者さんが良くなって喜んでくれる。それが楽しかったんです」
ここから、理学療法士としての仕事にのめり込んでいった。勉強会にも積極的に参加し、資格取得にも取り組んだ。多いときには月10回ほど勉強会に参加していたそうだ。
その後、病院でのリハビリだけでなく、訪問リハビリにも携わるようになる。千葉県では、新しく立ち上がる病院の訪問部門を一からつくる経験もした。
医療法人では約9年間勤務し、100人規模のリハビリスタッフがいる回復期リハビリテーション病棟の主任や、訪問看護・訪問リハビリ・居宅介護支援・訪問診療を含む複合型訪問ステーションの責任者も経験した。
新病院の立ち上げや合併、予防講座、医療・介護の交流会などにも携わり、医療と地域をつなぐ取り組みを重ねてきた。
そこで感じたのが、病院の中だけでは見えなかった地域の課題だった。
退院して自宅に戻っても、もっとリハビリを続けたいという人がいる。自宅での生活が安定し、次は外に出ていきたいと思っても、安心して紹介できるデイサービスがなかなか見つからない。
「だったら、自分でつくれないだろうか」
そんな思いが少しずつ大きくなっていった。

03
起業したかった。でも、なかなか踏み出せなかった
高校生の頃から起業したいと思っていた兼光さん。しかし、実際に病院で働きながら起業を考えていても、なかなか一歩を踏み出せなかった。
そして、あるとき思い切った行動に出る。起業する前に、仕事を辞めたのだ。
「起業できない自分が嫌になって、先に辞めたんです」
その言葉を聞いて、思わず笑ってしまった。普通なら事業計画を立て、資金を準備してから退職することを考える。でも、兼光さんは先に退路を断った。
そこから全国の事業所を見学し、さまざまな経営者と出会っていく。そして、あるデイサービスを見学したことが大きな転機になった。
それまで持っていたデイサービスのイメージが変わり、自分がやりたかったことを実現できる可能性を感じたという。
こうして、株式会社MediGoのデイサービス事業が始まった。
2021年に株式会社MediGoを設立し、2022年以降は事業を本格展開。現在は「リハビリGO」の通所介護3事業所を軸に、行政等からの委託事業や栄養支援、地域の居場所づくりにも活動を広げている。
ただ、起業後の道のりは、決して順調なことばかりではなかった。
04
理想のデイサービスをつくったはずなのに
デイサービスを立ち上げてから、特に苦労したのが組織づくりだったという。
理学療法士としての知識や経験があり、介護保険制度についても勉強してきた。しかし、自分が思い描いているデイサービスを、スタッフ全員で実現していくことは想像以上に難しかった。
「自分の思いを、ちゃんと言葉にして伝えられていなかったんです」
兼光さんには、以前から感じていたことがあった。病院で働くスタッフは、みんな患者さんを良くしたいと思っているはずなのに、必ずしも同じ方向を向いているわけではない。
もっと互いに協力できれば、もっと良い仕事ができるのではないか。そんな思いもあり、自分で会社をつくった。
ところが、いざ経営者になると、同じような壁にぶつかってしまった。
理念を言語化すること。伝えにくいことでも、必要なことはしっかり伝えること。そして、スタッフと同じ方向を向いて進んでいくこと。
頭ではわかっていても、それを実際の組織で形にすることは難しかった。店舗を増やす一方で、最初につくった店舗の雰囲気や成果が思うように上がらず、悩む時期もあったという。
今も理想の組織をつくっていく途中だと話す兼光さん。この話は、経営者や管理者として働く人にとって、共感する部分があるのではないだろうか。
理想を掲げることと、その理想をみんなで実現することは、また別の難しさがある。そんな経験を重ねながら、兼光さんの関心は、デイサービスの中だけでは解決できない課題へと広がっていった。
05
歩けるようになった。でも、その先は?
今回のインタビューで、特に印象に残った話がある。
それは、リハビリによって身体が良くなったとしても、それだけで、その人の生活や人生が変わるとは限らないということだった。
例えば、脳卒中を経験した方。リハビリによって歩けるようになり、買い物にも行ける身体になった。でも、実際には外に出ようとしないことがある。
「また何かあったらどうしよう」
「人からどう見られるだろう」
身体の問題だけではなく、不安や周囲の目が、次の一歩を難しくしてしまう。これは、理学療法士として現場に立ってきた人なら、一度は感じたことがあるのではないだろうか。
身体を良くすることはもちろん大切だ。でも、身体が良くなった先に、その人がやりたいことを実現できなければ、どこかもったいない。
兼光さんは、そこに目を向けていた。そして、ある考えに行き着いたという。
本人の身体や気持ちだけではなく、周りの社会そのものが変われば、もっと多くの人が一歩を踏み出せるのではないか。
障害があることや、年齢を重ねることを、必要以上にネガティブに捉えない社会。誰もが地域の中で役割を持ち、自分らしく暮らしていける社会。
そんな社会に近づけていくために始めた挑戦の一つが、GOフェスだった。
06
なぜ、1万人のフェスを目指すのか
GOフェスは、介護や医療、障害福祉など、さまざまな分野の人たちが集まるイベントだ。兼光さんが目指しているのは、単に大勢の人を集めることではない。
そもそも介護、医療、障害福祉は、同じように人の生活を支える仕事でありながら、互いの活動を十分に知らないことも多い。
まずは専門職同士がつながり、お互いを知ること。そこから地域の企業や住民へとつながりを広げていくこと。
そうすることで、これまで接点のなかった人同士が出会い、新しい考え方や可能性が生まれる。その積み重ねが、少しずつ地域や社会を変えていくのではないか。そんな思いがある。
実際にGOフェスでは、100人ものボランティアが集まったという。最初から全員が知り合いだったわけではない。思いに共感した人が次の人を誘い、少しずつ仲間が増えていった。
その話を聞いていると、イベントをつくる過程そのものが、兼光さんの目指す社会につながっているようにも感じた。
ただ、もちろん簡単な挑戦ではない。
「想像以上に大変ですね」
そう話す兼光さんに、今の率直な気持ちを聞くと、こんな言葉が返ってきた。
「初めて、自分の限界ってあるんやと思いました」
これまで勢いよく行動してきた人が、自分の限界を感じるほどの挑戦をしている。それでも、1万人という目標を掲げて進んでいる。
そこには、単なるイベント開催だけではない、大きな思いがあるのだと思う。

07
目の前の一人から、地域、そして社会へ
今後について聞くと、兼光さんは店舗数を増やすことだけを考えているわけではなかった。これからは、もっと地域に根差した事業をつくっていきたいという。
介護保険の枠にとどまらず、予防分野や新しい運動の選択肢を増やすことにも取り組んでいる。その根底にあるのは、専門職が地域でもっと活躍できる場所をつくりたいという思いだ。
振り返ってみると、兼光さんの歩んできた道は、決して一直線ではなかった。
焼き鳥屋に夢中になった学生時代。一人の患者さんとの出会い。訪問リハビリで感じた地域の課題。起業してからの組織づくりの苦労。そして、1万人のフェスへの挑戦。
最初から今の姿を思い描いていたわけではない。それでも、目の前の人と向き合い、そこで感じた課題に対して行動することで、少しずつ活動が広がってきた。
一人の患者さんを良くしたいという思いが、いつの間にか地域を良くしたい、社会を変えたいという思いにつながっていた。
今回のお話を聞いて、そんなことを感じた。
デイサービスをつくることも、フェスを開催することも、それ自体が目的ではないのかもしれない。その先にいる人たちが、今より少しでも自分らしく、ワクワクしながら暮らせるようにすること。
そのために、自分たちに何ができるのか。兼光さんは、今もその答えを探しながら挑戦を続けている。
そして、もう一つ個人的に気になっていることがある。いつかGOフェスの会場で、兼光さんが焼き鳥を焼いている姿を見られる日が来るのだろうか。
そんな冗談を交わしながら、今回のインタビューは終わった。でも、もし本当にそんな日が来たら、それもまた面白い。
きっと兼光さんなら、焼き鳥を焼きながらでも、次の新しいことを考えている気がする。

PROFILE
兼光 信也
株式会社MediGo 代表取締役/一般社団法人GOフェス 代表理事
理学療法士。株式会社MediGo代表取締役、一般社団法人GOフェス代表理事、泉大津市・忠岡町理学療法士会副会長。医療法人で約9年間勤務し、回復期リハビリテーション病棟主任や複合型訪問ステーション責任者を経験。2021年に株式会社MediGoを設立し、通所介護「リハビリGO」3事業所、行政等委託事業、栄養DXプラットフォーム、地域栄養サポート、健幸カフェ・コミュニティスペースなどを展開。GOフェスを通して地域の健幸づくりにも取り組む。
資格・キャリア
2012年 理学療法士免許取得
2015年 認定理学療法士(脳卒中)取得/ボバース基礎コース修了
2016年 認知神経リハビリテーション士取得
2017年 認定理学療法士(地域理学療法)取得/ボバース上級コース修了
2018年以降 サルコペニアフレイル指導士/フレイル対策推進マネジャー/認定訪問療法士取得
2021年 株式会社MediGo設立、代表取締役就任
2023年 泉大津市・忠岡町理学療法士会 理事就任/一般社団法人GOフェス設立、代表理事就任
2025年 泉大津市・忠岡町理学療法士会 副会長就任
