事業は変わっても、目的は変わらない
理学療法士・三橋広大さんが、保険外の領域で挑戦を続ける理由

理学療法士が独立や起業を考えるとき、介護保険事業や整体院など、資格や臨床経験を直接生かせる道を選ぶケースは少なくありません。
しかし、三橋さんが選んだのは、そのどちらとも異なる道でした。
老人ホームでの自費リハビリ、介護施設への入居支援、不動産や見守りサービスなど、医療・介護保険の枠内では支えきれない課題に対し、保険外の事業として取り組んでいます。
かつて理学療法士向けのセミナーで頻繁に顔を合わせていた頃は、臨床の仕事を長く続けていく人なのだと思っていました。
その三橋さんが、なぜ安定した病院勤務を離れ、先の見えない保険外事業へ進んだのか。
思うように事業が進まない時期にも、どのように自分の志を保ち、挑戦を続けてきたのか。
今回のインタビューでは、三橋さんが事業を始めた原点と挑戦を支えてきた信念について伺いました。
理学療法士の枠にとらわれず、社会課題を解決したかった
三橋さんは、もともと病院で理学療法士として勤務していました。
その後、働く世代の患者が多い整形外科に勤め、交通事故や労災などをきっかけに、さまざまな職業や環境で働く人たちと接するようになります。
「忙しい会社で働いている方もいれば、自営業の方もいる。世の中には、こんなにいろいろな働き方があるんだと知りました」
病院の中だけでは見えなかった社会に触れたことが、三橋さんの視野を広げていきました。
さらに、東日本大震災の際には、何か力になりたいと考え、岩手県でボランティア活動に参加しています。
その経験を通じて強くなったのが、理学療法士という資格や職域だけにとらわれず、社会課題を解決したいという思いでした。
「理学療法士として経験したことのエッセンスを入れながら、社会の課題を解決できたらと思ったんです」
もちろん三橋さんが臨床を嫌いになったわけではありません。
今でも、臨床は素晴らしい仕事だと話します。
それでも、理学療法士として何ができるかだけではなく、社会に必要なことに理学療法士の経験をどう生かせるかを考えるようになりました。
良いサービスでも、制度の中ではすぐに届けられない
病院で働く中で、三橋さんは医療保険制度の限界も感じていました。
患者にとって良い機器やサービスであっても、診療報酬の対象にならなければ、すぐに導入できるとは限りません。
「世の中にとって良いものでも、お客様にとって良いものでも、病院ではすぐに導入できないことがあります」
一方、保険外の事業であれば、自分が本当に必要だと考えたサービスを、より早く利用者へ届けることができます。
「お客様にとって良いものであれば、明日からでも提供を切り替えられる。その部分に、すごく魅力を感じました」
当時は、AirbnbやUber、マッチングアプリ、キャッシュレス決済など、新しいサービスが急速に社会へ広がっていた時期でもありました。
医療・介護以外の業界が、社会の変化や利用者のニーズに合わせて素早く動いている。
その姿を見て、三橋さんは保険外の領域へ進む決意を固めていきます。
「必要なときに、必要なサービスを提供したい。自分が世の中のためになると思ったものをすぐに届けられるようにしたいと思いました」
会社という形でなければ、できないことがある
三橋さんが会社経営を意識するようになった背景には、東日本大震災で目にした企業の支援活動もありました。
企業や経営者が、多額の支援金や物資を被災地へ届ける姿を見て、個人の力だけでは実現できない支援があることを感じたといいます。
「これは、会社として力を持たなければできないことだと思いました」
昔から『カンブリア宮殿』など、企業経営者の挑戦を扱う番組を見ることが好きだったという三橋さん。
さまざまな経営者が、事業を通して社会の課題を解決していく姿に、胸が熱くなることがありました。
「自分でも挑戦してみたいという気持ちは、病院に勤めていた頃から少しありました」
その後、仕事を通じて出会った起業家から、「君は独立したほうがいい」と声をかけられたことも、起業を決意する一つのきっかけになりました。
理想だけでは、事業にはならなかった
三橋さんの挑戦は、最初から順調だったわけではありません。
はじめに考えたのは、健康に関する情報を発信する人と、それを必要とする人をつなぐマッチングサービスでした。
セラピストの仲間に協力してもらい、情報発信などを始めましたが思うように事業にはつながりませんでした。
「大きなものを作ろうとしているのに、資本もなく人も物もお金もない状態でした。今考えると、絵に描いた餅のようなものを作ろうとしていたんだと思います」
社会課題を解決する大規模なサービスを作るのであれば、出資を受け、最初から資金や人材を集めて始める方法もあります。
しかし当時の三橋さんには、そのような事業の始め方に関する知識がありませんでした。
生活を維持しながら、まず何を始めればよいのか。
模索する中で声をかけられたのが、老人ホームにいる「リハビリ難民」の存在でした。
リハビリを必要としていても、施設内で十分なサービスを受けられない高齢者がいる。
そこには、明確な課題とニーズがありました。
三橋さんは、老人ホームへ訪問し自費でリハビリを提供する事業を始めました。
「まずは、今困っている人に対してすぐに始められるサービスをやろうと思いました」

自分が良いと思うものと、求められるものは違う
情報発信の事業がうまくいかなかった経験から三橋さんは大きな気づきを得ました。
「自分の好きなことばかりを発信していたんです。良いことだと思っていたけれど、対価をいただける価値にはなっていなかった」
理学療法士をはじめとする専門職は、自分が良いと思うものを提供しようとする職人気質な部分があります。
しかし、自分が良いと思うサービスが、そのまま市場に必要とされるとは限りません。
そこで三橋さんは、自分の専門性を起点に考えるのではなく、まず市場や利用者が何を求めているかを考えるようになりました。
「市場が求めているものから逆算してサービスを考える。その中に、医療や理学療法士としてのエッセンスを入れられたら、より良いものになると思いました」
自分のやりたいことを押し出すのではなく、必要とされていることに、自分の経験や専門性をどう組み合わせるか。
この考え方は、その後の三橋さんの事業にも一貫して流れています。
軌道に乗り始めた矢先、コロナで何もできなくなった
起業から約1年が経ち、事業が少しずつ軌道に乗り始めた頃、新型コロナウイルスの感染拡大が始まりました。
三橋さんの事業は、老人ホームを主な対象としていました。
感染対策のために施設が外部との接触を制限し始めると、リハビリの提供も営業活動もできなくなりました。
「その時期に老人ホームへ営業に行けば、批判を受けてもおかしくありませんでした。本当に何もできない状態でした」
売上が減ること以上に、動きたくても動けないことが苦しかったと振り返ります。
それでも、三橋さんはできることを探しました。
当時、デイサービスへ通えず、自宅で過ごす時間が増えた高齢者の身体機能低下が問題になっていました。
そこで、自宅でできる体操の資料を作成しケアマネジャーへ郵送しました。
収益につながる活動ではありません。
それでも、今できることとして行動に移しました。
「何もしないと、自分自身も落ち込んでしまいます。何かしら行動することが大切だと思っていました」
資料を送っても、すべての人から歓迎されたわけではありません。
必要ないと言われることもありました。
一方で、感謝の言葉を伝えてくれた人もいました。
そのときに生まれた関係が、今も続いているケースがあります。
「コロナの時期に築いた信頼関係は、今でも生きていると思います」
結果が見えない中でも、目の前でできることに取り組む。
三橋さんの挑戦は、大きな決断だけでなく、こうした小さな行動の積み重ねによって続いてきました。

不安定だからこそ、いくつもの可能性を試す
保険外の事業には、決められた正解や道筋がありません。
何が求められ、何が事業として成り立つのかは、実際に試してみなければ分かりません。
そのため三橋さんは、一つの事業や方法だけにこだわらず、常に複数の可能性を試しています。
「一つの事業の中でも、10個くらいの施策を回しています。その中で、一番投資効果が高いところに集中していくイメージです」
うまくいかなければ方法を変える。
反応の良いものがあれば、そこへ力を注ぐ。
事業の形を守ることではなく、目的を実現するために必要な方法を探し続けています。
「保険外だからこそ、常にテストマーケティングを10個以上回しながら、投資対効果が高いところに集中できるような施策をとっている」
不安定さがなくなってから挑戦するのではなく、不安定であることを前提に、動き続ける。
その姿勢が、三橋さんの事業を前へ進めています。
判断の基準は、ワクワクできるかどうか
三橋さんが新しい事業を考えるとき、大切にしている基準があります。
それは、儲かるかどうかだけではありません。
「一番大事なのは、自分がワクワク、ドキドキできることだと思っています」
世の中のためになり、自分自身も心を動かされる事業であること。
その両方がなければ、取り組まないと決めています。
「お金が稼げるか、儲かるかだけではなくて、世の中のためになって、自分がワクワクできるものしかやらないと決めています」
明確な答えがない中でも、自分が何を大切にしたいのかを確認しながら、次の行動を決めていく。
三橋さんのひたむきさは、迷わないことではなく、迷いながらも自分の基準に戻り続ける姿に表れています。
医療や介護で届かない人を、民間の力で支える
現在、三橋さんが目指しているのは、高齢者のための「民間の地域インフラ」をつくることです。
自費リハビリや介護施設への入居支援だけでなく、不動産、見守り、食の支援など、高齢者の生活に関わるさまざまな課題に取り組んでいます。
事業だけを見ると、それぞれ別の分野に見えるかもしれません。
しかし、その根底には共通する目的があります。
「医療や介護の保険診療では、どうしても手を差し伸べられないところがあります。そこを、どのようにビジネスとして支えていくかが大事だと思っています」
身寄りのない高齢者や、行政や既存の制度だけでは十分に支えられない人もいます。
三橋さんは、その間に生まれる空白を、民間のサービスによって埋めようとしています。
「私たちも、いつかは高齢者になります。高齢者が安心して生活できて、歳を重ねることが幸福につながるようなインフラを作りたいです」
事業を増やすこと自体が目的なのではありません。
高齢者が安心して暮らせる地域をつくるために、必要なサービスを一つずつ形にしています。
挑戦を支えるのは、目標よりも目的
インタビューの終盤、三橋さんは、挑戦を続けるうえで大切にしているものについて話しました。
「一番大事なのは、信念と目的だと思っています」
目標だけを追いかけていると、それを達成したときに、次に進む理由を見失うことがあります。
また、目標を達成できないときには、気持ちが折れてしまうこともあります。
しかし、その上にある目的が明確であれば、目標や方法を変えながら進み続けることができます。
「目的を達成するために、小さな目標を達成していく。目的があれば、見失わずにモチベーションを保てると思います」
三橋さんの中にあるのは、「世の中を変える」という信念です。
それは、最初から大きな成功を目指すという意味ではありません。
今、必要とされていることに向き合い、できることを一つずつ積み重ねること。
うまくいかなければ、別の方法を試すこと。
何もできない状況でも、今できる行動を探すこと。
三橋さんの挑戦は、華やかな決断の連続ではありません。
目の前の課題に真摯に向き合い、自分の目的に戻りながらひたむきに動き続けること。
その積み重ねが、これまでの事業をつくり、これから目指す「高齢者のための民間地域インフラ」へとつながっています。
事業の形は、これからも変わっていくかもしれません。
それでも、社会の中で支援が届いていない人に、必要なサービスを届けるという目的は変わりません。
三橋さんは今日も、その目的に向かって、いくつもの可能性を試し続けています。
三橋 広大さん|株式会社PORT
理学療法士免許取得後 総合病院にてICU〜慢性期、外来まで幅広く経験。 その後整形外科にてスポーツ分野から介護保険事業、訪問リハビリ等に従事 病院や介護保険事業の経験を活かした保険外サービスを提供したいと決意し起業。 医療・介護のマッチングサービスとして医療資格者対応をコンセプトとした老人ホーム紹介事業あんしんホームを全国展開中。 大手介護施設の紹介会社ランキングで全国1位やNHKあさイチで業界の取り組み等の取材実績あり

